TAツアーin福岡2Daysレポ

ayuも、TAも、そしてスタッフまでもが涙した昨年のZEPP福岡から約一年――。

今年はayuも人生初という福岡サンパレスホールに場所を移しての
TAライブとなりましたが、元気すぎるTAの皆さんたちがビッチリ埋め尽くしていたので、
初日はステージが観える場所を探し求めて、結局、3階まで駆け上ることになり、
危うくオープニングを見逃すところだったツリコです。

しかし、しっかり聞き届けましたよ!
あのTAの皆さんの「おかえり~!!!!!」の大歓声。

福岡弁での掛け合いや、懐かしい曲のイントロ時点でのどよめきに
「あ~ずっとayuと共に長い時間を過ごしてきたTAなんだな」って感じたりしながら、
終始、熱いながらも、ほわっと心地いい時間を共有させて頂いて、
長年、ayuと共に歩んできたTAにだから伝わる想いだったり、楽しさだったり、
TAライブの本当の価値って、この関係性があればこそなんだなぁ――。
なんて、思いながら、そんな福岡のレポを書こうとしたら、
またNEWS記事が目に留まってしまったんです(笑)

ayuのインスタを「浜崎あゆみが生まれ変わった私宣言」。
みたいな解釈で書いてあったのですが、福岡2dayとその裏側を見てきただけに、
違和感を感じるというか、私はちょっと違う見解だったりしたので、
今回はなぜそう感じたかについて、TAの皆さんと共有してみたいと思います。

オフィシャルで世間一般に発信しているayuの姿や言葉。
それはすごく浜崎あゆみらしいもので、それも嘘じゃない。

だけど、物事ってどうしてそうなったのか、なぜその言葉になったのか。
その理由や、そこに辿り着く過程のほうに、その人らしさがあったりする。
これは、インタビュアーとして20年以上、多くの人の話を伺ってきて実感してること。
特に、ayuはそういう人だったりします。

そのせいか、彼女が“結果”として導き出した、
“短く強い言葉”の裏にあるものをつい推測してしまうんですよね。

今回の場合でいうと“なぜ今?”って。

でもって、札幌、そして福岡2daysでのayuの歌だったり、
その裏での様子を重ね合わせると、
どうしてもね、文字通りの意味として受け取ることを何かが拒絶してしまう。

まどろっこしいから推測ばかりじゃなくて、ayuに直接聞いてみてください。
と思う人もいると思うのですが、

私は、ayuにすべてのことについて「これってどういう意味?」
というような直接的な質問は、あえてあまりしない主義なんです。

なぜなら、私は、人って口に出せることがすべてだとは思っていかないから。

普通の人間関係でも、そういうことってありませんか?
明らかに傷ついてる人に向かって、苦しい?悲しい?って、
傷口に塩を塗るような言葉って、避けたりしませんか?

それに、人は、意地も張れば強がりだっていう。
一座や多くのスタッフを率いている立場上、ayuは特に口に出せないことも多いし、
何より、自分が発してしまったその言葉に負けてしまうんじゃないかと
人並みの弱さすら隠してしまう時がある。

話をTAツアーに戻しますが、
彼女が今回のTAツアーで歌っている曲、
これから歌っていく予定の曲を知っている私からすると、
その曲がどんな時に書かれた曲だったかだったり、
昔の曲であっても、今の彼女が歌うとまた新しい意味合いがあったり、
ただ単に、盛り上がりそうとか、TAが好きな曲だからと選ばれたワケじゃないことは、
痛いくらいに感じる。

札幌、福岡公演を観たTAの多くが涙したのも、
彼女がどうしてこの曲を今選んだのかだったり、
その歌から伝わってくるayuの心情に触れたからなんだと思うんです。

それこそが何よりの真実であり、通じ合うということで、
それを補足するありふれた言葉なんていらなくないですか?と。

音楽誌のレポでもないし、書きたいことだけ書かせてもらうという
勝手な条件で始めたレポなので――と、開き直ることにします。

私は、わりと近い場所で、本当に幸せそうに笑っていたayuも見てきた。
言葉にはしないけど、きっと思い悩んでるんだろうなっていう一瞬の空虚な顔も見てきた。
寝れない夜を過ごしてるんだろうなと思う時間帯の、
なんてことないLINEが続いたこともあった。

そういうことをすべて思い返しながら、今回のTAツアーを観ていると、
「ごめんね」「大丈夫だよ」「ありがとね」とも聴こえるし、
TAの前で何もかも正直に曝け出し、反省し自分を叱咤し、
トンネルから抜け出そうと必死になってるようにも聴こえるんです。

そして、やっぱり浜崎あゆみを立ち上がらせるのは、TAなんだなと――。

そういう目に見えないパワーをもらったTAへの感謝の気持ちが、
福岡2days後のインスタになった。

「ねぇ、ayuそうなんでしょ?」なんて無粋なこと必要ないくらいにそう確信してます。

やたらと人の人生を、いや、その表面的なたった一部を引き合いにして、
偏った価値観で面白おかしく脚色し、さもありなんとジャッジし、
故意に誰かを貶めようとする――。

View数を稼げばお金になる。そういったWebビジネスに巻き込まれるのは、
有名税みたいなものだから気にするな?
私も、ayuに似たようなことを言ったことがあった気がします。

でも、正直、最近はちょっと度を越えてる――って、
TAの皆さんも感じてますよね。私もそう思います。

音楽以外のことばかりが話題になるっていうけど、
音楽以外のことばかりを取り上げてる方々は、
ライブすら観に来たことないんだろうし、曲だって聴いてるかも怪しい。
そんな人たちには、本当の“浜崎あゆみ”のことなんてわかりっこないし、
ライブを観に来たところで、ネガティブ要素だけを探すんでしょ。アホらしい。

でもね、なぜ一曲目があの曲なのか――。
そして、本編ラストのあの曲を聴いてると、
そんな怒りすら浄化されていく気がするんです。

まるで、鋼か何かで出来てる“物”のように叩きまくる人たちの格好の餌食にされながらも、
傷つくどころか、我が道をゆく強い人間?

それは違う――。

自分が生きてる意味すらよく分からなくなるほど、傷つき、戸惑い、

それでも、今回の人生は“浜崎あゆみ”として生きていくと、改めて覚悟した。

そんな彼女だから作れた歌。

TAツアーで、TAに向けて、最も歌う意味のある歌。

私にはそう聴こえます。TAの皆さんはどうですか?

ツリコ